災害時トリアージにおける多職種連携の要諦:訓練と継続的改善を通じた実践的体制の確立
災害やパンデミックが発生した際、医療機関は平時とは異なる極限状況下での対応を迫られます。特に、限られた医療資源の中で多くの傷病者に適切な医療を提供するためのトリアージは、医療従事者個人の判断能力だけでなく、組織的な体制と意思決定プロセスが不可欠です。病院事務部長として災害対策を担う皆様は、現場の医療従事者が円滑かつ的確にトリアージを実施できるよう、どのような組織的支援を行うべきか、深く考察されていることと存じます。
本稿では、災害時トリアージにおける多職種連携の重要性に焦点を当て、その要諦、そして訓練や継続的改善を通じた実践的な体制確立の具体策について解説いたします。これにより、貴院の災害対応計画の策定や改訂、倫理委員会での議論に資する情報を提供できるものと確信しております。
災害時トリアージにおける多職種連携の重要性
災害時のトリアージは、医師、看護師、救急救命士、薬剤師、コメディカル、そして事務職員など、多岐にわたる職種が協働して行う必要があります。それぞれの専門性が結集することで、傷病者の状態を多角的に評価し、より総合的かつ的確な意思決定が可能となります。
- 情報の網羅性と正確性の向上: 医師が医学的評価を行う一方で、看護師は患者の全身状態や既往歴、薬剤師は持病薬やアレルギー情報、事務職員は搬送記録や患者登録情報など、各職種が異なる側面から情報を収集・共有することで、トリアージ判断に必要な情報が網羅され、正確性が高まります。
- 資源の最適配分と効率的な運用: 多職種が連携することで、医師の診療に加えて、看護師による初期処置、コメディカルによる検査補助、事務職員による搬送・記録管理などが同時並行で進められます。これにより、限られた人的・物的資源を最も効率的に活用し、より多くの傷病者に対応できる体制を構築できます。
- 現場の混乱抑制と心理的負担の軽減: 極限状況下でのトリアージは、医療従事者に大きな精神的負担を強います。多職種によるチームアプローチは、一人で抱え込むことなく責任と業務を分担し、相互に支援することで、現場の混乱を抑制し、個々の心理的負担を軽減する効果も期待できます。
多職種連携を支える院内体制構築の要諦
効果的な多職種連携を実現するためには、以下の要素を盛り込んだ院内体制の構築が不可欠です。
- 明確な役割分担と責任範囲の規定: 各職種が災害時トリアージにおいて担うべき役割と責任範囲を明確に定義し、事前に共有しておくことが重要です。これにより、現場での指示系統の混乱を防ぎ、円滑な連携を促進します。厚生労働省の「災害拠点病院運営要綱」や「災害時医療に係る連携体制構築のためのガイドライン」などを参考に、具体的な職種ごとの役割を検討してください。
- 標準化された情報共有プロトコル: 傷病者の情報やトリアージ結果を迅速かつ正確に共有するための、標準化されたプロトコル(手順)を確立します。口頭での情報伝達だけでなく、災害時情報共有システムやトリアージタグ、ホワイトボードなど、状況に応じた最適なツールや手法を定めることが有効です。
- 定期的な合同訓練とシミュレーション: 多職種が連携する能力は、座学だけでは身につきません。定期的に実践的な合同訓練やシミュレーションを実施し、各職種が自身の役割を理解し、他の職種との連携手順を習熟することが極めて重要です。特に、大規模な災害を想定した訓練では、実際の混乱状況を再現し、ストレス下での意思決定を経験する機会を設けるべきです。
- 倫理的・法的側面への組織的対応: トリアージは倫理的ジレンマを伴う意思決定の連続です。医療機関として、トリアージに関する基本的な倫理原則(例:公正性、生命の尊重、最大の利益)を明確にし、これを基盤とした意思決定支援体制を構築する必要があります。また、災害医療に関する法的な側面、例えば医師法や災害対策基本法、医療法の適用範囲、そして緊急時の医療行為の特例等についても、関係職種間で共通認識を持つことが重要です。病院の倫理委員会を定期的に開催し、具体的なシナリオを想定した議論を通じて、組織としての倫理的・法的判断基準を明確にしておくことが、現場の医療従事者を守る上で不可欠です。
過去の災害事例から学ぶ継続的改善の重要性
国内外の過去の災害事例からは、多くの教訓が得られています。特に、東日本大震災や熊本地震、そして新型コロナウイルス感染症パンデミックなどの経験は、災害対応計画の見直しや改善に大いに役立ちます。
- コミュニケーションの課題: 多くの事例で、多職種間や他施設との情報共有・連携不足が課題として挙げられています。情報共有プロトコルの実効性や、災害時における通信手段の確保、そして平時からの顔の見える関係構築が重要です。
- 資源管理の困難さ: 医療従事者の疲弊、医薬品や医療機器の不足、搬送手段の確保など、限られた資源をいかに効果的に配分・管理するかが常に問われます。多職種連携は、これらの資源を最適に運用するための鍵となります。
- 精神的ケアの必要性: 災害対応に従事する医療従事者自身の精神的健康への配慮も、組織の責任です。相互支援の体制を整えるとともに、必要に応じて専門的なカウンセリングの機会を提供できるよう準備が必要です。
これらの教訓を踏まえ、訓練後の振り返り(デブリーフィング)を徹底し、課題を抽出して改善計画に反映させる「PDCAサイクル」(Plan-Do-Check-Action)を組織的に回していくことが、実践的な災害対応能力を向上させる上で不可欠です。
結論
災害・パンデミック時におけるトリアージは、病院全体が一致団結して取り組むべき最重要課題の一つです。特に、多職種連携は、限られた資源の中で最大限の救命効果を発揮し、医療従事者の負担を軽減し、倫理的・法的側面での組織的責任を果たす上で不可欠な要素となります。
貴院が災害対応計画を策定・改訂される際には、本稿で述べた多職種連携の要諦、すなわち明確な役割分担、標準化された情報共有、実践的な訓練とシミュレーション、そして倫理的・法的側面への組織的対応を組み込むことを強く推奨いたします。そして、過去の経験から学び、継続的に改善していく姿勢こそが、いかなる災害においても質の高い医療を提供し続けるための基盤となるでしょう。